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更新日:2023年4月6日

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「出羽三山『生まれかわりの旅』」(平成28年度日本遺産認定)について

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山形県が代表となり申請した「自然と信仰が息づく『生まれかわりの旅』~樹齢300年を超える杉並木につつまれた2,446段の石段から始まる出羽三山~」は、平成28年度に「日本遺産(Japan Heritage)」として本県初の認定を受けました。

 

出羽三山『生まれかわりの旅』公式サイトはこちらから↓

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日本遺産(Japan Heritage)とは

「日本遺産(Japan Heritage)」とは、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定するものです。
ストーリーを語る上で欠かせない魅力溢れる有形や無形の様々な文化財群を,地域が主体となって総合的に整備・活用し,国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことにより,地域の活性化を図ることを目的としています。

~詳しくはこちらを御覧ください~
日本遺産ポータルサイト「日本遺産とは」(外部サイトへリンク)

「自然と信仰が息づく『生まれかわりの旅』~樹齢300年を超える杉並木につつまれた2,446段の石段から始まる出羽三山~」について

構成市町

鶴岡市、西川町、庄内町

ストーリー

概要

山形県の中央に位置する出羽三山の雄大な自然を背景に生まれた羽黒修験道では、羽黒山は人々の現世利益を叶える現在の山、月山はその高く秀麗な姿から祖霊が鎮まる過去の山、湯殿山はお湯の湧き出る赤色の巨岩が新しい生命の誕生を表す未来の山と言われます。
三山を巡ることは、江戸時代に庶民の間で『生まれかわりの旅』として広がり、地域の人々に支えられながら、日本古来の、山の自然と信仰の結び付きを今に伝えています。羽黒山の杉並木につつまれた石段から始まるこの旅は、訪れる者に自然の霊気と自然への畏怖を感じさせ、心身を潤し明日への新たな活力を与えます。

『生まれかわりの旅』のはじまり

出羽三山は、山形県の中央にそびえる羽黒山(はぐろさん)(414m)・月山(がっさん)(1,984m)・湯殿山(ゆどのさん)(1,500m)の総称であり、月山を主峰とし羽黒山と湯殿山が連なる優美な稜線を誇ります。
おおよそ1,400年前、崇峻天皇(すしゅんてんのう)の御子(みこ)の蜂子皇子(はちこのおうじ)が開山したと言われる羽黒山は日本有数の修験道(しゅげんどう)の聖地です。修験道とは自然信仰に仏教や密教が混じり生まれた日本独特の山岳信仰です。羽黒修験道(はぐろしゅげんどう)では三山の特徴から、羽黒山は現在の幸せを祈る山(現在)、月山は死後の安楽と往生(おうじょう)を祈る山(過去)、湯殿山は生まれかわりを祈る山(未来)と見立てられました。生きながら若々しい生命(いのち)をよみがえらせることができるというその信仰は、江戸時代に庶民の間で現在・過去・未来を巡る『生まれかわりの旅』(羽黒修験道では「三関三渡(さんかんさんど)の旅」と言う。)となって広がりました。

「現在の世を表す山」~羽黒山~

羽黒山は、蜂子皇子が現在の世を生きる人々を救う仏(聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ))を祀ったと伝わり、出羽三山の中で最も低く村里に近い、人々の現世利益(げんぜりやく)を叶える山であったことから「現在の世を表す山」と言われます。
羽黒山の入り口、随神門(ずいしんもん)から山頂までの約2kmの参道は、日本屈指の段数を誇る2,446段の石段と両側に高さと太さを競うように立つ樹齢300~500年の杉並木が続きます。参道を進むとまず、開山当時から人々を見守り続ける樹齢1,000年を超える爺(じじ)スギと、色彩を施さない素木(しらき)造りの国宝五重塔が現れ、長い年月の風雪に耐えて凜と佇む姿は、見る者の心を捉えます。そして清々しい空気と静寂の中、石段を一段一段登り進めるうちに身も心も洗われて、深く自分を見つめ直すことができます。山頂にある三神合祭殿(さんじんごうさいでん)は豪雪にも負けぬよう厚さ2.1mの茅葺(かやぶき)屋根を持ち、羽黒山の祭神とともに、雪が深く冬期間の参拝ができない月山と湯殿山の祭神を合祀(ごうし)しています。人々はここで、国家安寧(こっかあんねい)、五穀豊穣(ごこくほうじょう)、諸願成就(しょがんじょうじゅ)などの現在の世での願いを託すとともに『生まれかわりの旅』の成就を願い、月山、湯殿山を目指して旅を続けます。羽黒山の石段と杉並木
羽黒山の石段と杉並木

「過去の世を表す山」~月山~

この地域では、太古の昔から、高くそびえる山に祖先の霊が登るという信仰があります。出羽三山で一際(ひときわ)高く美しい姿を持つ月山は、「祖霊(それい)が鎮(しず)まる山」として崇(あが)められ、羽黒修験道では死後の世界は過去とみなされることから、月山は「過去の世を表す山」と言われます。
月山八合目には、極楽浄土を意味する弥陀ヶ原(みだがはら)と呼ばれる湿原があります。ここでは、高山植物が咲き乱れ、また斜面を覆う万年雪から流れてくる冷気を感じます。その先の「行者返(ぎょうじゃがえ)し」と呼ばれる急斜面や険しい岩場を越え、ようやく到達する山頂の「月山神社」に祀られる、夜を司る神(月読命(つくよみのみこと))に死後の安楽と往生を願います。よく晴れた日で下界が雲海に遮られた時、月山の山頂では突然見事な光輪が仏の御来迎(ごらいごう)のごとく現れることがあります。この神秘的な現象に遭遇した人々は、月山は過去の山という思いを一層強めました。月山

月山

「未来の世を表す山」~湯殿山~

湯殿山は、頂部(ちょうぶ)からお湯の湧き出る赤色の巨岩である御神体(ごしんたい)に新しい命を産み出す女性の神秘を重ね、全てのものを産み出す山の神(大山祗命(おおやまつみのみこと))が祀られたことから「未来の世を表す山」と言われます。
参拝者は、大自然の中で裸足(はだし)になって御神体に触れ、掌(てのひら)と足の裏に伝わる地熱の温かさを大地のエネルギーとして体の中で受け止めます。また湯殿山は、斜面が大きく崩れたむき出しの岩肌や、点在する大小の滝など野性味あふれる自然の特徴を活かし、滝行(たきぎょう)や御沢駆(おさわが)けなどの「荒行(あらぎょう)」が行われる行場(ぎょうば)でもあります。その苦しい修行は産みの苦しみを表すとも言います。湯殿山は訪れる者にまさに自然への畏怖(いふ)と圧倒的な生命力を強く感じさせるので、人々はこの山に生まれかわりを祈ります。

湯殿山の滝行を行う御滝
湯殿山の滝行を行う御滝

今に息づく『生まれかわりの旅』

出羽三山を目指す人々は、山形県の内陸部と海岸部を結ぶ「六十里越街道(ろくじゅうりごえかいどう)」と呼ばれる陸路や最上川(もがみがわ)舟運を利用し、三山周辺に点在する「八方七口(はっぽうななくち)」と呼ばれる登拝口(とはいぐち)から登りました。江戸時代、菅笠(すげがさ)と死者の衣装を意味する白装束(しろしょうぞく)をまとった参拝者の列は、笠が波打つほどに連なったと言われます。

街道や関所、登拝口周辺には寺や賄(まかな)い小屋が建ち、宿坊街が形成されて、地域に暮らす人々は、参拝者の旅の支度を整え、もてなすことを生業(なりわい)としました。
中でも羽黒山麓(さんろく)の手向(とうげ)地区は、江戸時代には300を超す宿坊が営まれて大いに賑い、今も山伏が営む宿坊が参拝者を迎えます。山伏は、春から秋は参拝者を山に案内し、冬には東日本各地を回って出羽三山の御利益を広め、参拝者を呼び込むという活動を江戸時代から継続しています。
宿坊をはじめ、多くの民家の軒下には羽黒山の「松例祭(しょうれいさい)の大松明(おおたいまつ)行事」で使われた引き綱が魔よけとして掛けられるなど、人々の暮らしと信仰の結び付きを見ることができます。
手向の人々は、子どものころから、松例祭をはじめとする羽黒山で行われるお祭りに奉仕することや、参拝者に御祈祷(ごきとう)をしたり三山を案内する大人の姿に触れる体験を通して、山伏や三山に対する信仰を身近なものとしながら育ちます。青年期には多くの男性が「峰入(みねい)り」と呼ばれる山伏養成のための修行を重ね、山伏となって『生まれかわりの旅』を支えます。
また、宿坊でふるまわれる精進料理(しょうじんりょうり)には地元で採れた山菜が豊富に使われ、旅人の身を清め、体調を整えます。それぞれの料理には「出羽(でわ)の白山島(はくさんじま)(ごま豆腐)、月山の掛小屋(かけごや)(月山筍の油揚げ煮)、祓川(はらいがわ)のかけ橋(ふきの油煎り)」など三山の信仰にゆかりのある場所の名がつけられており、山伏が創作した食文化に触れることができます。精進料理の製法は、地元の食文化として発達し、今では家庭料理としても親しまれています。

このように出羽三山を巡る『生まれかわりの旅』は、出羽三山信仰が日常の生活に深く根付いた地域に暮らす人々に支えられ、数百年の時を越えて今に息づいています。そして、自然の中に身を置き、自然の霊気や自然への畏怖を感じるこの旅は、訪れる者の心身を潤し、明日への新たな活力を与えます。

松例祭の大松明行事

松例祭の大松明行事

ストーリーの構成文化財一覧

 構成文化財一覧はこちらから(PDF:2,936KB)

 

 

 

 

 

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