更新日:2020年12月18日

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作文 中学生部門 優秀賞

「自慢の祖母」

米沢市立第三中学校 二年 佐藤 菜々子

 

 祖母が脳梗塞になったのは二年前の五月でした。一命は取り留めたものの、右半身に麻痺が残ってしまいました。初めてお見舞いに行った時には、車椅子に乗り会話はできるものの、言葉を聞き取ることは難しく、右手も動かすことができませんでした。料理が好きで元気いっぱいの祖母の変わりように驚き、ショックで、もうあの頃の祖母には会えないのかと悲しくなりました。

 脳梗塞とは脳の血管が突然つまって血流が途絶え、脳の細胞が死んでしまう病気です。麻痺が残り最初は左手でご飯を食べていたそうです。しかし、持ち前の頑張りでリハビリを続けました。自分の足で歩くこと、右手でご飯を食べること、会話が上手にできることそれまで当たり前にできていたことが何一つできなくなり、心が折れそうになる日々が続いていたそうです。周りには同じ病気の人達もまたリハビリに励み、お互いに励ましあったそうです。リハビリ入院生活は二カ月続きました。そして退院日を迎えた時、車椅子ではなく杖はついていたものの、自分の足で歩き、右手で介護用のはしではあるものの、ご飯を食べることができ、会話もまだ少し聞きとりにくいものの、しっかりと話すことができていました。

 あれから二年が経ちました。生活の中でのリハビリもあり元の祖母に戻りつつあります。完全に元通りということはないようで不便になったことも多くあるようです。その一つが車の運転です。脳梗塞になる前は米沢へも運転して会いに来てくれていました。格段に会う機会が減りました。祖母も寂しいし、私達もとても寂しくなってしまいました。そんな中、祖母からハガキが届くようになりました。字を書くことも大変なはずなのに・・・きれいな花と共に一言添えてあります。いつも感謝、いつもありがとうと・・・最初は字も読みにくかったのが、段々ときれいに読みやすくなっていきました。中々会えないけれどハガキを通していつも元気を届けてくれます。会うことも楽しみですがたまに届くハガキは私にとって今まで以上に楽しみなものになっています。

 祖母は自分の障害を受け入れ、日々向き合い、一生懸命に生きています。そんな祖母のことが私はとても大好きです。そして素晴らしいと思います。もしも私だったらどうなっていたか。そんな姿を見ることによって学び、障害のある方達の理解を少しでも深めさせられたのではないかと思っています。そしてこれからもハガキが届く日が楽しみです。そんな日が一日でも長く続くように心から祈っています。そして、私からも祖母に勉強や部活を頑張っている姿を伝え、少しでも私から祖母に元気をあげていきたいです。

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